「教えてもらう」ことは、学びの入り口です。
けれど、そこにとどまり続けてしまうと、いつまでも誰かの言葉や正解に頼ることになります。
私が指導の中で大切にしているのは、「自分で学べる力を身につけること」です。
なぜ「自分で学ぶ力」が必要なのか
どれだけ丁寧に教えてもらっても、すべてを隣で教え続けることはできません。
書く時間の多くは、一人の時間です。
そのときに、
・どこを見ればいいのか
・何を直せばいいのか
・どちらが良いのか
これを自分で考えられるかどうかで、成長のスピードは大きく変わります。
「自分で考える」は、いきなりできない
よく「自分で考えてごらん」と言われますが、これは簡単なことではありません。
なぜなら、考えるためには材料が必要だからです。
・どこを見るのか
・どんな違いがあるのか
・何が良い状態なのか
こうした手がかりがあって、はじめて人は考えることができます。
指導の役割
だからこそ指導とは、ただ教えることではなく、考えるための材料を渡すことだと考えています。
・正解やポイントを示す
・見るべき場所を絞る
・違いを言葉にする
そして、実際に書いてみる中で生まれた良さを、言葉にして返していく。
その積み重ねによって、少しずつ「見える力」が育っていきます。
受け身から抜け出すために
「教えてもらう」という感覚のままでいると、どうしても受け身の姿勢が強くなってしまいます。
「教えてもらっていないからできない」
「聞いていないからわからない」
そうして、自分の外に理由を求める習慣がついてしまうと、社会に出てからも同じように立ち止まってしまうことがあります。
教えるという場所にいるからこそ、私はただ書き方を教えるのではなく、自分で考え、気づき、次に進んでいける人を育てたいと考えています。
気づきが、学びを変える
「なんとなくできた」から、「ここが良かった」とわかるようになる。
この小さな変化が、とても大切です。
自分で気づくことができるようになると、人は自然と、次に何をすればいいかを考え始めます。
そしてその繰り返しが、「自分で学ぶ力」へとつながっていくのだと思います。
指導のその先へ
最終的に目指しているのは、教え続けることではありません。
その人が、自分で見て、考えて、整えていける状態になること。
指導者や手本、教材は、何かを与え続ける存在ではなく、その力を引き出すための手がかりです。
「教えてもらう」から「自分で学ぶ」へ。
その変化は一気には起こりませんが、小さな気づきの積み重ねの中で、確かに育っていきます。
一人で書く時間の中でも、自分なりに見て、考え、整えていけるように。
そんな学びを、これからも大切にしていきたいと思います。
