「論破」や「正論」が好まれる場面を、よく見かけます。
けれど、もし正論だけで人や社会が成り立つのなら、ここまで争いごとは起きていないはずです。
言葉で相手を言い負かし、「勝った」と感じること。
それは一時的な満足にはなるかもしれません。
けれど、そこに本当の解決があるとは、あまり思えません。
むしろ、相手との間に距離が生まれてしまうことの方が多いのではないでしょうか。
言い負かされた側も、ただその場でうまく言葉にできなかっただけで、その人なりの価値観や考えを、きちんと持っているはずです。
本質的には、どちらが正しいかではなく、どちらが早く言語化できたか、という違いに過ぎないこともあります。
ヒトの「頭」と「心」は、別のものです。
ヒトは、頭で理解し、心で納得します。
頭で考え、心で感じます。
私が言う「理論」と「道徳」も、これに近いイメージです。
どれだけ正しいことを伝えたとしても、その人の心が納得していなければ、行動は変わりません。
特に子どもは、その傾向が強いように感じます。
だからこそ、正論は「基準」として大切にしながらも、相手の心が納得できる言葉を選ぶこと。
その両方を大切にできたとき、人との関わり方や、伝え方は、少し変わってくるのではないでしょうか。
そしてそれが、ほんの少しだけでも、穏やかなやり取りを増やしていくのだと思います。

