「弘法筆を選ばず」から生き方を考える

「弘法筆を選ばず」ということわざがあります。

この言葉は、「本当に上手な人は、どんな悪い道具でも上手く書ける」という意味で使われることが多いかもしれません。

ですが本来は、どんな道具でも上手くやれ、という教えではなく、上手くいかないことを道具のせいにしないという意味だと言われています。

書の世界では、筆や墨、紙によって線の出方は大きく変わります。
正直に言えば、良い道具のほうが書きやすいです。
これは、はっきりとした事実です。

だから「道具は関係ない」と言いたいわけではありません。

それでも「弘法筆を選ばず」という言葉が教えてくれるのは、まず自分の技術と向き合いなさい、という姿勢なのだと思います。

うまく書けないとき、筆のせいにする前に、こんなことを考えてみます。

・この道具を、きちんと使いこなせているだろうか
・道具の特性を理解しているだろうか
・手入れをし、大切に扱っているだろうか

技術を磨くこと。
道具の大切さを知ること。
自分に合うものを選び、整え、自分の一部として扱うこと。

そのすべてを含めて、「道具のせいにしない」という姿勢なのだと思います。

これは、書に限った話ではありません。

思うようにいかないことを、環境や誰かのせいにするのは簡単です。
けれど、そこで立ち止まり、

・では、どうすればいいのか
・今の自分に何が足りないのか
・今持っているものを使いこなせているだろうか
・今ある環境を、大切にしているだろうか

そう問い直すことが、前に進むために必要な時間なのかもしれません。

選び、考え、努力する。
その積み重ねが、技術になり、やがて生き方になります。

「弘法筆を選ばず」という言葉は、道具の話であると同時に、
自分の現状とどう向き合うかを問いかける言葉なのだと、私は思います。