字は、どこからが「誤り」なのか

小学校のテストで、「これはなぜ×なんですか?」と、保護者と先生の間で話題になることがあります。

とめ・はね・はらい。
線の長さや向き。
くっつけるか、離すか。

「ちゃんと読めるのに」
「意味は合っているのに」

そう感じる保護者の方がいるのも、自然なことだと思います。
実際、これは“学校あるある”の一つです。

では、字の正誤は、何を基準に判断されているのでしょうか。


字の正誤が問題になる場面

まず前提として、字の正誤が厳密に問われるのは、次のような場面です。

  • 学校のテスト
  • 入学試験・入社試験
  • 各種検定試験

つまり、評価を目的とした場面 です。

日常生活の中で字を書く分には問題にならないことも、「評価する」「判定する」という目的が加わることで、一定の基準が必要になります。


国が示している「字の正誤」の考え方

漢字の正誤については、文部科学省・文化庁が基本的な考え方を示しています。

文化庁では、字の正誤について次のように述べています。

  • 漢字を構成する点画(点や線)の数や組み合わせなど、基本となる骨組み(字体)が同じであれば、同じ漢字と認められる
  • 線の長短、方向、接触の有無、とめ・はね・はらいの違いがあっても、骨組みが共通していれば誤りとはしない

ここで大切なのは、とめ・はね・はらいは、字の骨組みそのものには含まれていないという点です。

国の基準としては、「とめたか」「はねたか」だけで、その字を誤りと判断するわけではありません。


その考え方は、どこに示されているのか

文化庁の政策の一つに国語施策があり、その中に「常用漢字表の字体・字形に関する指針(報告)」という文書があります。
これはWeb上でも公開されており、書籍としても刊行されています。

また、学校教育における漢字指導については、

  • 小学校学習指導要領解説 国語編(平成20年6月 文部科学省)
  • 文部科学大臣政務官通知(平成22年11月30日、12月8日)

などにおいて、児童生徒が書く文字を評価する際や、大学等の入学者選抜における漢字の評価については、「字体についての解説」を参考にすることが望ましいと示されています。

以下は、文化庁ホームページからの一部抜粋です。
(※引用部分は原文のまま)


(引用)

漢字の指導の際には、学習指導要領の「学年別漢字配当表」に示された漢字の字体を標準として指導することを示している。しかし、この「標準」とは、字体に対する一つの手がかりを示すものであり、これ以外を誤りとするものではない。

児童の書く文字を評価する場合には、「常用漢字表」の「前書き」にある活字のデザイン上の差異、活字と筆写の楷書との関係なども考慮することが望ましい。

また、児童生徒が書いた漢字の評価については、指導した字形以外の字形であっても、指導の場面や状況を踏まえつつ、柔軟に評価すること。


それでもテストで×がつく理由

「では、なぜ学校のテストでは×がつくのか」
ここが、いちばん混乱しやすいところだと思います。
学校のテストは、漢字として正しいかどうかだけを見る場ではありません。
これまでに「この形で書きましょう」と学んできた内容が、きちんと身についているかを確認する場でもあります。

そのため、

  • 字としては誤りではなくても
  • 学習した形から大きく外れている場合

「この単元の学習としては合っていない」という判断で、×が付くことがあります。
これは、字そのものを否定しているわけではないという点が、とても大切だと思います。


先生によって判断が違う理由

「先生によって厳しかったり、ゆるかったりする」
こうした声を聞くこともあります。

文化庁は、評価について「指導の場面や状況を踏まえ、柔軟に評価すること」としています。
この「柔軟に」という部分を、各学校・各先生がどう解釈するかによって、判断に幅が生まれます。

どちらが正しい、という話ではなく、指導方針の違いによるものだと考えています。


字の正誤について、私の整理

私自身は、字の正誤について次のように考えています。

  • 字は、字体(点画の数や組み合わせ)が合っていれば、基本的には誤りではない
  • 学校教育の場では、学習指導要領や教科書に沿った形を「答え」として扱う
  • テストの×は、「字としての誤り」ではなく、「学習内容とのズレ」を示している場合がある

この整理があると、テストの結果の受け止め方も、少し落ち着いて見られるようになるのではないでしょうか。


おまけ:正誤とは別の話として

最後に、ひとつだけ。

字には、正誤とは別に、読みやすさや印象といった側面もあります。
正しい字であっても、乱雑に書かれていれば、読み手に負担をかけてしまいます。

正誤の話とは切り分けた上で、そうした部分も、少しずつ育てていけたらいいなと思っています。