今は、手書きの機会がずいぶん減りました。
スマートフォンでメッセージを送り、パソコンで文章を作り、必要な情報はすぐに検索できます。
学校でも、タブレットを使う機会が増えています。
そう考えると、「これからの時代、きれいな字を書く必要ってあるの?」と思われる方もいるかもしれません。
記録したり、情報を伝えたりすることだけを考えれば、デジタルはとても便利です。
それでも私は、子どもたちにも大人にも、「書く」という行為には、今も大きな価値があると思っています。
「書く」という行為には、人間の営みが詰まっている
文字を書くとき、私たちは思っている以上にたくさんのことをしています。
お手本を見る。
姿勢を整える。
どこから書くか考える。
線の方向を決める。
力を加減する。
筆を動かす。
止める。
次の線へ移る。
そして、書いた文字をもう一度見る。
「ここが少し違うな」と気づいたら、次はどうするか考える。
つまり、
見る → 考える → 判断する → 動かす → 確かめる
ということを繰り返しています。
これは、文字を書くためだけの働きではありません。
私たちが何かをするときにも、
見る。
考える。
決める。
身体を動かす。
結果を確かめる。
必要なら修正する。
という営みがあります。
書くことは、こうした人間が何かを行うときに必要な営みを、とても小さな単位で繰り返している行為でもあるのです。
しかも、それを特別に意識することなく行っています。
きれいな字にも、ちゃんと価値があります
もちろん、書写では「きれいな字を書くこと」も大切です。
手書きの機会が減ったとはいえ、学校生活の中では、名前を書く、ノートを書く、提出物を書く、手紙を書くなど、自分の字を書く場面はまだまだあります。
大人になってからも、名前や住所を書く場面、書類に記入する場面など、手書きが必要になることはあります。
そして文字は、内容だけでなく、その人に対する印象にも関わります。
整った読みやすい字を見ると、「丁寧に書いているな」「きちんとしているな」と感じることがあります。
反対に、本人にはそんなつもりがなくても、乱れた字や読みにくい字から、雑な印象を持たれてしまうこともあります。
もちろん、きれいな字を書けば、何かが保証されるわけではありません。
ただ、自分の書いた文字を見た人に、「読みやすいな」「丁寧だな」と感じてもらえることは、人との関わりの中で、ひとつの良さになると思います。
そして、自分の字に少し自信を持てることも、大切なことです。
「書くこと」と「記録すること」は違う
デジタルは、これからもますます便利になっていくと思います。
文章を残すことも、情報を伝えることも、検索することも、デジタルの方が便利な場面はたくさんあります。
だから私は、「昔のように、手書きを増やしましょう」と言いたいわけではありません。
ただ、「書くこと」と「記録すること」は、同じではないと思っています。
記録することは、文字を残すこと。
一方、手で書くことには、それに加えて、
身体を使う。
意識を向ける。
考える。
判断する。
力を調整する。
動きをコントロールする。
自分の行動を確かめる。
というたくさんの行為があります。
だから、デジタルで文字を入力することと、手で文字を書くことは、別の価値があると考える必要があると思うのです。
今日のお稽古でも
今日も子どもたちは、お手本を見て、姿勢を整え、どこから書くかを考え、筆を動かしています。
止めるところでは動きを止め、はねるところでは方向を変え、払いでは力や速度を調整します。
大人の生徒さんも同じです。
「この線は、もう少し長くした方がいいかな」
「ここを直すと、文字全体が変わるな」
「力を抜いた方が、この線は自然になるかもしれない」
そんなことを考えながら、筆やペンを動かしています。
そして、書いた文字を見て、「ここはもう少しこうしてみよう」と、もう一度書いてみる。
見る。
考える。
決める。
動かす。
確かめる。
もう一度やってみる。
一見すると、ただ「字を書いている時間」です。
でも、その一画一画の中には、自分の身体と意識を使って、自分の行動と向き合う時間があります。
そして、書くことの面白いところは、こうした経験をするために、特別な環境がほとんど必要ないことです。
大きな場所もいりません。
必要な道具も、紙と筆やペンなど、ほんの少し。
年齢を問わず、特別な体力がなくても取り組むことができます。
大きな負担や苦痛を伴うことなく、
見る、考える、判断する、身体を動かす、力を調整する、結果を確かめる、修正する
そんなたくさんの経験を、一つの「書く」という行為の中で繰り返し、鍛えていくことができます。
そう考えると、書くことって、ずいぶん贅沢な時間だと思いませんか。
字を書くことは、文字を残すためだけのものではありません。
自分で見て、考えて、動いて、確かめる。
そんな人間の営みを、毎日の小さなお稽古の中で繰り返すこと。
私は、手書きの機会が減った今だからこそ、こうした「書く時間」の価値を、改めて大切にしたいと思っています。
